兎に書く

現役ライターたちによるノンジャンルブログ

あれは狂人か?幸福な夢想家か?

~『テリー・ギリアムドン・キホーテ』の巻~

正気と狂気の境はどこにあるのか。


「テリーギリアムのドン・キホーテ」は、容易に結論の出ないそんな問答を、より曖昧にさせる作品だ。

舞台は現代のスペイン。主人公のトビーは、仕事への情熱を失っているCMディレクター。スペインの田舎で撮影中の彼は、学生時代の映画作りに協力してくれた村が撮影地から近いことを知り、久しぶりに訪れることにする。だがそこで待っていたのは、作品内でドン・キホーテを演じて以来、未だに自分自身をドンキホーテだと思い込んでいる老人、ハビエルだった。彼にサンチョパンサ(ドンキホーテの従者)と呼ばれ再会を喜ばれたトビーは、狂った老人の旅に付き従いながら、虚実入り交じる世界を彷徨うことになる。

原作のドン・キホーテは狂気で滑稽だ。周りはそんな彼に呆れ、振り回される。この作品のドン・キホーテ(ハビエル)もおかしな存在であることは間違いないのだが、彼を「狂っている」と笑う多くの登場人物にも、秘められた狂気と、どこか間抜けで隙が見える滑稽さがある。中でもサンチョパンサの役割を担っているトビーは、ハビエルの妄想に呆れながらも、欲深さとずる賢さも相まって、道端に落ちている(落ちているはずがない)金貨を拾ったり、存在しない敵からひとりで逃げようとして痛い目に合ったりとハビエル以上に空想に翻弄されるキャラクターだ

現実か空想か判断のつかないシーンが連続し、展開が読めない緊張感の中、そういったキャラクター作りと演出が、この映画に脱力感とコミカルさを与えている。それがテリー・ギリアム描くドン・キホーテだ。

 

と、ここまで淡々と映画評を書いてきたわけだが、正直ギリアムファンとして言わせてもらうことがあるなら、「やっと完成したんだ!ともかく観ろ!」ということだ。

テリー・ギリアムのこの企画は幾度となく頓挫し、構想30年の末、遂に完成にこぎつけた。「未来世紀ブラジル」「12モンキーズ」などの名作を生み出した彼だが、2000年以降の作品には物足りなさが残る。彼らしい独特の世界観には魅了されるものの、ストーリーが世界観を上手く回しきれず、その上伝えたいことはシンプルなので突然あっさりと終盤を迎えることも多かった。今作も観たい反面、ガッカリしたくないという複雑な思いがあったが、持ち味の独特な世界観に見事に強度のあるストーリーを組み込んでくれた。

テリーギリアム監督作を初めて観る方にも分かりやすい作品となっているし、彼の初期作などが好きな方には「久々にしびれる作品がやってきたぞ!」と大声で叫ぶことのできる作品だと思っている。

執念でスタッフやクライアントを振り回し続け、作中には虚実入り混じる世界を作り出すテリーギリアムは、どこかドンキホーテと重なる。とすれば、我々はそれに翻弄されるサンチョパンサだ。ぜひ彼の従者となって、30年の旅の果てを観ていただきたい。

 

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<書いた人>

出田ラメ / 宮崎県生まれ宮城県育ちのアラサーライター。大学時代は塚本晋也に師事し、短編映画を制作。その後、映画スタッフ、事務職などを経て、ゲーム業界へ。ブラウザースマートフォン向けのソーシャルゲームの開発に参加、現在は主にシナリオ執筆を従事。眼鏡がないと自宅内ですら歩けないほどのド近眼。趣味はラジオ鑑賞。特技はアイロンがけ。